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COLUMN

大島依提亜さんインタビュー 前編

 国内外の映画ポスターやチラシ、パンフレットなどのデザインを多数手がけるデザイナー・大島依提亜さん。2019年に開催された「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」に続き、「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」 でも展覧会のキービジュアルのデザインを担当いただきました。大島さんの特別インタビューを、前後編に分けてお届けします。
 前編では、大島さんのフィンランド訪問についてや、本展のキービジュアルのデザインについて語っていただきました。(2025年4月インタビュー)

大島 依提亜(おおしま・いであ)

グラフィックデザイナー。栃木県出身。東京造形大学デザイン学科卒業。映画のグラフィックを中心に、展覧会や図録、書籍のデザインなどを手がける。
展覧会「ムーミン展」(2019年)「谷川俊太郎展」(2023年)、映画ポスター・パンフレットデザイン『パターソン』(2016年)『万引き家族』(2018年)『ミッドサマー』(2019年)など。自著に『映画とポスターのお話』(ヒグチユウコとの共著)がある。


――2019年の「ムーミン展」に続き、今回も展覧会のキービジュアルをご担当いただきました。以前から北欧系のデザインをされる機会は多かったのでしょうか?

 北欧系の最初のお仕事は、『かもめ食堂』(2006年)のパンフレットデザインです。当時の自分は駆け出しデザイナーでしたが、このパンフレットが話題になり映画自体も広がっていったのを覚えています。同じ時期に、片桐はいりさんのエッセイ集『私のマトカ』の書籍デザインもしました。その辺りから北欧好きだと思われることが増えましたね。
 あと、フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキさんの映画ポスターは、自分が駆け出しの頃から最新作『枯れ葉』(2023年)まで、全てデザインをさせてもらっています。

 北欧というくくりでは映画『ミッドサマー』(2019年)も大きかったです。一見、『ミッドサマー』と「ムーミン」は重なるところがなさそうですが、実は作者であるトーベ・ヤンソンが花冠を被っている写真があるんですよね。意外な繫がりがあるなと思いました。

本展キービジュアル
トーベ・ヤンソン
楽しいムーミン一家Blu-ray BOX
(大島依提亜さん撮影)

 そうそう。2012年に発売された、アニメ『楽しいムーミン一家』のBlu-ray BOXのデザインも担当しています。

――可愛い!ザ・北欧という雰囲気で、おしゃれですね。
 これ、活版印刷で凝っていてすごくいいんですよ。
 それらとは全く別のところから、2019年の「ムーミン展」でデザインの依頼をもらって「そうか、とうとう来たか」と思いましたね。
――本展のデザインをする前に、フィンランドを訪れたそうですね。現地で見たものや、印象的なエピソードを教えてください。
 はい。ヘルシンキ市立美術館(HAM)で開催していた、トーベ・ヤンソンの公共施設の壁画などに焦点をあてた大規模な展覧会「トーベ・ヤンソン―パラダイス」を見るために2024年11月に行ってきました。フィンランド視察は2019年の「ムーミン展」の前にも行っていて、今回は前回よりもなかなか弾丸なスケジュールでしたが、カウリスマキが作った映画館などにも行けてよかったです(笑)。

 ヘルシンキにあるトーベのアトリエにも特別に行かせてもらいました。一般公開されていない貴重な場所に行けて嬉しかったですね。
▼ 大島さんがフィンランドで撮影した写真を、ご本人のコメント付きでご紹介します。
カウリスマキの作った映画館「キノ・ライカ」のある街、カルッキラの湖?沼?池?
2019年のフィンランド滞在中に食べた群島パンの塩漬けサーモンのせが忘れられず、帰国後も見よう見まねで似て非なるものを何度も試した。
ヘルシンキ市立美術館(HAM)の大きなモニュメント。やっぱり“かもめ”なのね。
タンペレにあるムーミン美術館にあるムーミン像。ちょっぴり寒そう。
同じくタンペレにあるサラ・ヒルデン美術館で開催していた「マーリア・ヴィルカラ展」が素晴らしかった。銃口の先にお父様であるタピオ・ヴィルカラの美しいグラスが…。娘さん攻めてます。
ヘルシンキにあるトーベのアトリエも前回につづき再訪。ほんとうにため息の出る空間で、個人的に究極の理想的インテリアデザイン。
――アトリエはいかがでしたか?
 すごくよかったです。北欧モダンやミッドセンチュリー的なデザインが好きなんですが、そういうインテリアや建築デザインの理想型があるなと感じました。(アトリエの様子はこちらから

 内装はトーベのパートナーの弟夫婦がデザインしているんです。白塗りの壁をベースに、地の木目の壁をあえて残してうまく使っていたり、不思議な組み方の棚があったりして。オリジナリティがあってめちゃくちゃかっこよかったです。
 まるでトーベがいた頃の空気が真空パックされているような……厳かで、すごい雰囲気の空間でした。
――メインビジュアルについてもお聞かせください。
 2019年は、フィンランドでいくつか作品を見せてもらった中から選びました。 これ(キービジュアルに使用したアート)は銀行の広告として描かれた作品で、実はムーミンたちの左側には銀行員のキャラクターがいるんです。見たことがない作品だなと思っていたら、「広告に使われた作品だから、あまり世に出回っていないんだ」と説明を受けて。もう、すぐにこれをキービジュアルにしたい!と言って、その場で決定しました。
 「ムーミン」は、彼女の人生のなかで長い期間にわたって描かれた作品だったため、初期、中期、後期とどんどん絵柄が変わっていくんですよね。そのなかで、この作品の時期が一番ムーミンを描くにあたって筆が乗っていて、理想の絵柄だなと感じたことも大きいです。
 そして、今回は“トーベとムーミン”というテーマだったので、やはりトーベ自身が描かれている作品がいいとも考えていました。
2019年「ムーミン展」キービジュアル
2025年「トーベとムーミン展」
キービジュアル
トーベ・ヤンソン
「ムーミンたちとの自画像」
1952年 インク、紙
ムーミンキャラクターズコレクション
© Moomin Characters™
――本展のメインビジュアルはイエローが印象的で、元の作品からだいぶイメージが変わりました。
 元になったスケッチはとても有名な作品なので、皆さんが見慣れすぎているのではないかという懸念があったんです。そこで、モノクロの線画から色彩を変えて面画(めんが)にすることでイメージを変えることができるのではないかと思い、デザインしました。
 また、ムーミンの体は白いので、背景に色を入れることによって表現しています。

 チラシはあえて2019年のデザインと似せています。
 今回のデザインを始める際、試しに前回のキービジュアルのデータに今回のものを重ねてみたら、イラストを差し替えただけなのにすごくぴったりはまって!
 前回のデザインがとても評判がよかったので、前回の「ムーミン展」を見てくれた方に「今回はトーベにも注目した展示なんだな」と感じてもらえるような、連動している感じが出るといいなと思い提案させてもらいました。
――2019年との違いはどんなところでしょうか?
 前回は、今よりムーミンの知識が少なかったなと感じます。もちろん原作は読んでいましたが、今思うとトーベが描く「ムーミン」のムード、ビジュアルなどの理解度が浅かったなと。今はそういった知識や雰囲気をつかめてきたので、その違いが大きいですね。

 特に、チラシなどで使う書体は雰囲気を変えました。2019年はなるべく既にあるムーミン関連のものをデザインで使っていきたいという思いもあり、「Tove Script」というトーベの筆跡を元に作られた欧文書体を使用していました。

 2025年の今回は、テイストをがらりと変えた日本語の書体を採用しています。民芸風のような、木彫りのような……トーベが持つパーソナリティに雰囲気を合わせたいと思い、前回より大人っぽくなりました。
――今回のロゴは「と」のデザインが印象的です。メインビジュアルが公開された際、「かわいい!」「これは絶対大島さんのデザインだ!」とSNSで話題になりました。

 ありがとうございます。「と」の文字を見て、ムーミンの顔っぽいシルエットだなと思ったんですよね。「ムーミン展」部分のロゴは前回作ったロゴを使用しています。

 2019年の「ムーミン展」では会場内の展示デザインも担当していて、ロゴや展示内のパネルの日本語の文字は全てオリジナルで作字をしました。これがすごく大変で……(笑)。

 特に、ひらがなは丸みがあるので作るのが難しいんです。「Tove Script」がすごく素敵だったので、負けじと頑張って作りました。

――貴重なロゴの裏話が知れて嬉しいです。後編では、大島さんのお気に入りの作品や、新作グッズの裏話、本展の見どころなどについて伺います!