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COLUMN

大島依提亜さんインタビュー 後編

 国内外の映画ポスターやチラシ、パンフレットなどのデザインを多数手がけるデザイナー・大島依提亜さん。2019年に開催された「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」に続き、「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」でもキービジュアルのデザインを担当いただきました。大島さんの特別インタビューを、前後編に分けてお届けします。
 後編では、大島さんのお気に入り作品や、展覧会オリジナルグッズの裏話、本展の魅力を語っていただきました。(2025年4月インタビュー)

大島依提亜さん
インタビュー 前編

大島 依提亜(おおしま・いであ)

グラフィックデザイナー。栃木県出身。東京造形大学デザイン学科卒業。映画のグラフィックを中心に、展覧会や図録、書籍のデザインなどを手がける。
展覧会「ムーミン展」(2019年)「谷川俊太郎展」(2023年)、映画ポスター・パンフレットデザイン『パターソン』(2016年)『万引き家族』(2018年)『ミッドサマー』(2019年)など。自著に『映画とポスターのお話』(ヒグチユウコとの共著)がある。


――今回の「トーベとムーミン展」で、お気に入りの作品を教えてください。

 「煙草を吸う娘(自画像)」です。何点かあるトーベの自画像のなかでも、挑戦的な姿を取り上げているのがいいなと思いました。「ムーミン」には、ほわんとした柔らかさや優しさ、ほっこりとした世界観のイメージがあるので、「作者のトーベ・ヤンソンってこんな人だったんだ」という驚きがありますよね。
 本展は「ムーミン」シリーズ以外の作品も展示される予定なので、こういう作品があるのは面白いと思います。

トーベ・ヤンソン「煙草を吸う娘(自画像)」1940年 油彩、カンヴァス 個人蔵
© Tove Jansson Estate Photo © Finnish National Gallery Yehia Eweis
『ムーミン展 THE ART AND THE STORY 公式図録』(2019年)より「ムーミン・オペラ」パンフレット
© Moomin Characters™ © 2019 The Asahi Shimbun

 もう1つは、「ムーミン・オペラ」のパンフレット(本展では原画を展示予定)です。作品自体が台形なのはムーミンママが持っているハンドバッグの形を模しているからだそうです。作品も本当にハンドバッグくらいのサイズになっています。
 2019年の「ムーミン展」の際のフィンランド視察で初めて見た作品でした。見た瞬間に痺れました。前回お話した『かもめ食堂』と同じように、パンフレットで、バッグの形をしていて……と、勝手にシンパシーを感じてしまい、その場で僕だけがはしゃいでました(笑)。

 実は、この作品はグッズ化にむけて準備が進められています。前回の「ムーミン展」のときから絶対にトートバッグにしたいと思っていたのですが、残念ながら叶わず……。今回こそと思っていたら、主催社の担当者さんが当時のことを覚えていてくれて、僕が言う前にグッズ化の交渉をしてくれていたんですよね。

――みんなが「再挑戦したい」という気持ちだったんですね。いま目の前にトートバッグのサンプルがありますが、迫力がすごいです!
 苦節5年をかけて、やっとグッズ化にたどり着けました(笑)。本当に嬉しいですし、僕じゃなくても欲しくなる方は絶対いるはず。
 一見、ムーミンの絵とわからないところが面白いんですよね。裏面にはムーミントロールらしきものが描かれていますが、模様化されているので街中で持っている人を見ても一目ではムーミングッズだとわからないんじゃないでしょうか。
――ぜひこのバッグを持って、展示を回っていただきたいですね!本展では、壁画などトーベが公共施設のために描いた作品もみどころのひとつです。フィンランドで実物を見て、どう感じましたか?
 壁画はやっぱり素晴らしかったですね。小説の挿絵は小さく細やかな細密画であるのに対して、スケールの大きな絵は圧巻でした。

トーベ・ヤンソン「フェアリーテイル・パノラマ」 1949年 フレスコ・セッコ
フィンランド・コトカ市 © Moomin Characters™ Photo © HAM / Maija Toivanen

 同時に、自分が作った作品世界が大きな存在になったとき、アーティストがそのコンテンツを持ちながらどう振る舞うのかということにすごく興味を持ちました。やはり、自分のアイデンティティーと、生み出したものとのせめぎ合いがあるのかなと。
 作品を大切にしつつ、自分よりも有名になった「ムーミン」とどのように折り合いをつけていったのか……。当たり前の話ですが、トーベ・ヤンソンもひとりの人間で、「ムーミン」だけに関わっているわけではありません。「ムーミン」と共に歩んだ人生と、彼女のライフスタイルや考え方。その両方の面を見ることができるのが今回の展示の面白いところだと思います。
――最後に、大島さんにとってのトーベとムーミンの魅力、また、本展ならではのここを見てほしい!というポイントを教えてください。
 展覧会のタイトル通り、やはりトーベとムーミンの両方に焦点を当てているところです。ムーミンの作者であることを意識しながら、油彩画などを見るのも面白いと思います。よく見ると、ムーミンが隠れているかもしれません。また逆にムーミンのことを一旦忘れて、トーベ・ヤンソンという一人のアーティストとして絵に対峙するのも大切かもしれません。
 有名なアーティストほど、作品を網羅した展示を見ると「こんなものも描いていたんだ!」というような意外な面が見つかってすごく面白いんですよね。有名であればあるほど、このアーティストといえばこういう作品、とイメージが固定されていってしまう傾向があるので、あまり見たことがない創作物に触れられるのが本展の楽しい部分じゃないでしょうか。
――本展では、前半でトーベ自身と彼女の創作の世界を振り返り、後半では「ムーミン」シリーズの作品を紹介します。トーベ自身について理解を深めたあとに、おなじみの「ムーミン」シリーズを見ることでこれまでと感じ方が変わるかもしれませんね。
 そうそう。2019年の「ムーミン展」に来場いただいた方も新鮮に楽しめると思います。
 油彩画や水彩画を見ると、トーベ・ヤンソンの絵描きとしての才能に驚くと思います。僕はヘルシンキ市立美術館 (HAM)で見て、とてもびっくりしました。誤解を恐れずに言うと、一瞬画家としての才能に関して「もったいない」とまで思ってしまいました。
 もし「ムーミン」を創作していなかったとしても、画家として大成していたのではないだろうか…それくらい絵の凄みを感じました。
トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の彗星』挿絵
1946年 インク・水彩、紙
ムーミンキャラクターズコレクション © Moomin Characters™
トーベ・ヤンソン 新聞連載マンガ「タイムマシンでワイルドウエスト」キャラクタースケッチ
1957年頃 インク、紙 ムーミンキャラクターズコレクション © Moomin Characters™
――「ムーミン」の作者がどんな人物かまではあまり詳しくなかった、という人は多いかもしれません。本展で語られるトーベの理念が、ムーミンの小説やコミックに反映されているところもみどころですね。
 考えてみると、「ムーミン」シリーズに登場するキャラクター造形ってすごいです。伝承や動物から着想を得ているのだろうという部分もありますが、一からあのキャラクターたちのビジュアルを生み出せるのは、ある意味異常とも思えるくらい独創性を持っていたのだなと思います。

 個人的にトーベの作品で面白いと感じている点は、植物や風景などといった自然の描写にはとても熱があるように見えるのに、生き物の描き方がフラットなところなんです。ドライと言ってもいいかもしれない。ムーミンには、可愛さだけではなくクールさ、かっこよさも感じます。
 本展の一番のみどころはそこかもしれません。トーベの描くムーミンには、ひんやりした雰囲気があるんです。ムーミンが大人にも人気なのは、やっぱり可愛さと大人っぽさがあるからなんだと思います。

 トーベが描いた原画などは、荒々しい自然や波などが印象的な作品も多いですよね。話が早いですが、次回の展覧会では「かっこよさ」にフォーカスする“The Cool Side of Moomin”みたいなのはどうでしょう?(笑)
――(笑)。